2012年3月28日水曜日

玉将の「玉」って何だ?

玉将の「玉」って何だ?

将棋って王将と玉将に分かれるじゃないですか。

なんで「玉」なんだと思いますか?

小学校の頃からやってても全くわからなかった私・・・


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まず、基本的なところの確認からいきますと、

駒としての本来の名前は、「王将」ではなく「玉将」です。

「玉将」の方が古くからあるのです。



【将棋の駒としては、「王将」ではなく「玉将」が本来の名前】

この点は確かであると考えられています。(互いに論敵?である、

増川宏一、木村義徳両氏とも、この説を支持しています。)



歴史的な観点から見ていきます。



今のところ、初期の将棋の姿であったと考えられている「平安将棋」には、

(盤面9×9、駒数計36枚。大駒が無く、持ち駒不使用のルールです)

「王将」という駒は無かったのではないかと考えられています。



論の立脚点とできる資料は少ないのですが、よく挙げられる指摘で、

【将棋駒は、一文字目に宝物の名が付されている※】という事実からも、

まず平安中期までは、「玉将」が使われていたと考えるのが自然でしょうね。



(※玉金銀桂香の5種。飛車角は関係無いです(大駒が無いので))



1052年頃のもの(藤原氏全盛の時代です)と推定されている、

奈良県の興福寺出土の、あの有名な「興福寺駒」の中には、

「玉将」は3枚あっても、「王将」は1枚もありませんでした。





さて、ここからが本題ですが。

「王将」が加わったのはいつのことで、なぜ起こったのか…。

実ははっきりとはわかっていないんです。



字の姿が似ていることからそうなってしまったという説もあります。

合戦を模したゲームであることから自然発生的に出来たのかも…?

根拠もはっきりとしたものが無い…ですね。



なぜ両方が使われるようになったかもよくわかっていませんが、

「天に二王なし(?)」…とかいう発想を受けたものではないかとも言われます。

(表現が思い出せません><…「両雄並び立たず」みたいな言葉だったかな…?)





「なんで「玉」か」、という質問にお答えしますと、少し触れましたが、

玉を含む飛車・角・歩以外の5種の駒が全て、宝物を表わしているからです。

(歩兵は…文字通りの意味でしょうね、チャトランガから変わっていませんね。)



仏教の五宝、ないし七宝を示しているという説などもありますね。

個人的には怪しいと思っていますが…興福寺駒もお寺の跡地出土ですし、

もし仏教とのつながりが深いとしたら…可能性はあるでしょうね。



ただそうでなくとも、碧玉(瑠璃?翡翠?まぁ別に何でもいいですが^^;)に、

金銀の財宝(金銀)、上質の香木(桂香)とでも考えればいいでしょう。

ちなみに五宝説は、 奈良県橿原考古学研の清水康二先生のものです。



長くなってしまいましたが、ご参考になりましたら幸いです^^。



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宝の意味。



一般的にも玉と書いて宝石の事を指しますが、

もっと限定して国宝みたいな意味です。



中国なんかでは、王よりも玉のほうが偉いんだそうで。(上手が持つ。)

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